読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蝸牛角上

読書メモ。あらすじ。というよりダイジェスト?

レ・ミゼラブル その21 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

ニヴェルから来る道にあるもの

 1861年5月。

 ひとりの旅人が、ニヴェルからやってきてラ・ユルプの方へ向かっていた。


 彼は大きな弓形の石門の前に出た。

 門の左側の支柱の下のほうの石に、かなり大きい円い穴があった。


 扉が開いて、ひとりの女が出てきて言った。

「そんな穴をあけたのはフランスの大砲の弾丸ですよ。

 門の上のほうの釘のところにも穴がありましょう。

 あれはビスカイヤン銃の弾丸の穴です」

「ここは何というところです」

「ウーゴモンです」


 旅人は、ワーテルローの戦場にきていたのである。

ウーゴモン

 この旅人とは、この物語の著者である。


 ウーゴモンこそは不吉なる場所だった。

 それは障害のはじまりであり、ナポレオンがワーテルローで出会った最初の抵抗だった。

 ウーゴモンはひとつの城砦だったが、今はひとつの農家にすぎなくなっている。

 そこには無惨な戦場の跡が、いまも生々しく刻まれたままだった。


 火災、殺戮、惨殺、

 英独仏の兵士らの血は猛烈な混戦のうちに川となって流れ、

 井戸はしかばねをもって満たされ、

 3000の兵士らはウーゴモンのあばら家のうちだけで斬られ、

 突かれ、屠られ、撃たれ、焼かれてしまった。

1815年6月18日

 1815年6月の、17日から18日へかけた夜に雨が降っていなかったら、ヨーロッパの未来はいまと違っていただろう。


 ワーテルローの戦いは、ようやく11時半にしかはじまらなかった。

 土地が湿っていたからである。

 砲兵のために、土地が少し固まるのを待たねばならなかった。


 ナポレオンはもとより砲兵の将校であって、その特質をそなえていた。

 彼のあらゆる戦争の方略は砲弾のために立てられていた。


 もしも土地が乾いていたとしたら。

 戦いは朝の6時にははじまり、午後2時にはナポレオンの勝利で終わっていただろう。

 ワーテルローの戦いの明らかな観念を得ようと欲するなら、地上に横たえた「A」を想像すれば足りる。

 Aの左の足はニヴェルの道であり、

 右の足はジュナップの道であり、

 両方をつなぐ横棒はオーアンからブレーヌ・ラルーへの凹路である。


 Aの頂はモン・サン・ジャンであって、そこにウェリントンがいる。

 左下の端はウーゴモンで、そこにゼロームボナパルトとともにレイユがいる。

 右下の端はラ・ベル・アリアンスで、そこにナポレオンがいる。


 Aの横棒が右の足とコウサしている点の少し下がラ・エー・サントである。

 横棒の中央が、ちょうど勝敗の決した要点である。


 Aの上方に二本の足と横棒との間に含まれる三角形は、モン・サン・ジャンの高地である。

 その高地の争奪が戦いの全局だった。