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蝸牛角上

読書メモ。あらすじ。というよりダイジェスト?

レ・ミゼラブル その15 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

サンプリス修道女

 ジャヴェルが訪ねてきた日の午後、マドレーヌはファンティーヌを見舞った。

 ファンティーヌに会う前に、彼は病院で働く修道女のサンプリスを呼び、ファンティーヌのことをくれぐれも頼んだ。

 そしてファンティーヌにいつもより長い時間、面会した。


 市役所に帰ったマドレーヌは、フランスの道路明細地図を調べ、紙に数字を書きつけた。

スコーフレール親方の炯眼

 町外れに、スコーフレール親方と呼ばれる男がやっている貸し馬車屋があつた。

 マドレーヌはその店に行き、言った。

「一日に20里行ける馬はあるかね」


 スコーフレールは驚いたが、間に合わせると答えた。

「ですが条件付きですよ。

 第一に、半分行ったら1時間休ましてください。

 第二に、荷物を持たないで旦那一人でお乗りください」

 マドレーヌは承知して、二日分の代金を前払いした。


「いったいどこにおいでになるんです」

 スコーフレールが尋ねたが、マドレーヌは答えず、

「あすの朝4時半きっかりに門口まで」

 馬車を持って来てくれるように頼むと、店を出て行った。

 が、すぐに引き返してきて、馬と馬車を買い取るとしたらいくらになるか訊いた。

 500フランとスコーフレールが答えると、500フランをそっくり保証金として渡し、今度こそ店をあとにした。


 スコーフレールは、マドレーヌ市長が忘れていったメモをみつけた。

「5、6、8半」

 と書かれていた。

 スコーフレールは合点した。

「これは宿場に違いない。

 ここからエダンまで5里、エダンからサン・ポルまで6里、サン・ポルからアラスま
で8里半。

 市長はアラスへ行くんだ」

脳裏の暴風雨

 マドレーヌの正体は、ジャン・ヴァルジャンにほかならない。

 彼は燭台だけを残して司教からもらった銀の器具を売り払い、町から町へ忍び行き、モントルイュ・スュール・メールに来て、マドレーヌになった。


 いま、彼は苦悩していた。

 ジャン・ヴァルジャンとして名乗り出て、シャンマティユーを救うべきか。

 彼はいつものとおりファンティーヌを見舞い、自分のなすべきことを考えた。

 シャンマティユーの裁判が開かれるアラスへ行かねばなるまいと思い、馬車の手配をした。

 だが本当に行くと決心したわけではなかった。


 彼は自分の部屋に帰って考えこんだ。


 彼は、ジャン・ヴァルジャンの名前がふたたび世に現れるとき、すべては終わると思っていた。

 徒刑場に、彼の席は空いていた。

 その空席は、常に彼を待っていた。

 しかし、いま彼はシャンマティユーという代理人を得ていた。

 彼は助かったのだ。

 あのジャヴェル。

 あのおそるべき猟犬のごとき警視も、彼を見失った。

 これこそ、神の意思、神の救いではないか。


 彼は、ジャン・ヴァルジャンとしての罪をシャンマティユーにおしつけ、マドレーヌとして生きようと考えた。

 だがミリエル司教のことを思い出し、考えを改めた。


 自分の名をあかし、ふたたび囚人ジャン・ヴァルジャンとなる。

 それこそが正しい道であり、真の救いではないのか。

「よろしい。

 あの男を助けてやろう!」


 彼はその準備をはじめた。

 書類を整理し、銀行宛てに手紙をしたためた。


 しかし、そこでファンティーヌのことが思い出された。

「ああ私は自分のことしか考えなかった」

 彼が捕まり、徒刑場に送られた場合、この町はどうなるのか。

 マドレーヌがあらわれるまで、ここには何もなかった。

 マドレーヌが消えたとき、すべては死滅するだろう。

 ファンティーヌも、その娘コゼットも、どうなるかわからない。


 ここにとどまろう、と彼は思った。

 続けて働こう。

 千万の金をこしらえ、この地方にふりまこう。

 貧困は後をたち、あらゆる不徳、あらゆる罪悪は、みな消え失せる。

 この地方ぜんぶが富み、栄え、正直になる。


 どのみちシャンマティユーは盗人である。

 徒刑場に入ってもいい奴だろう。

 一人の罪人を助けて、罪ない多くの人を犠牲にするとは、それこそ愚かではないか。


「そうだ、そのとおりだ。

 マドレーヌのままでいよう」

 

 彼は決心した。

 そして隠していたジャン・ヴァルジャン時代の荷物や衣服をとりだし、暖炉の火にくべてしまった。

 ミリエル氏にもらった銀の燭台も火に投げ入れようとして、思いとどまった。

 

 シャンマティユーが身代わりに捕まったのは、いかなる宿命だろう。

 彼は自首した場合の未来を想像した。

 徒刑場で送ることになる苛酷で屈辱的な日々を。


「天国にとどまって悪魔となるか!

 地獄に下って天子となるか!」

 

 どうすればいいか。

 ああ、いかにしたらいいのか?


 不決断が、また彼を襲った。