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蝸牛角上

読書メモ。あらすじ。というよりダイジェスト?

レ・ミゼラブル その23 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

意外事

 ミローの胸甲騎兵は、数3500。

 偉大な馬にまたがった巨人たちだった。

 副官ベルナールは、彼らに皇帝ナポレオンの命令を伝えた。

 偉大なる騎兵隊は動き出した。


 騎兵隊はモン・サン・ジャン高地の急坂を駆け上がった。

 高地の頂を乗り越え、

「皇帝万歳!」

 と叫んでイギリス軍に襲いかかろうとした。


 と突然。


 騎兵隊とイギリス兵との間に、断崖があらわれた。

 それはひとつの墓穴だった。

 2尋の深さをなし、馬の足下にそれは待ち受けていた。


 騎兵隊の第2列は第1列をつき落とし、

 第3列は第2列をつき落とした。


 それが敗戦のはじまりだった。

モン・サン・ジャンの高地

 それでも生き残った騎兵隊は勇猛に闘った。

 彼らはイギリスの方陣の上におどりかかった。


 しかしイギリスの軍隊は、たじろぎもしなかった。

 彼らは冷然と迎えうった。


 その戦闘の光景は凄惨をきわめた。

 方陣はもは隊伍ではなく噴火口だった。

 胸甲騎兵はもはや騎兵隊ではなくて暴風雨だった。

 各方陣は雲霧に襲われた火山であり、溶岩は雷電と闘争した。


 それはもはや混戦ではなかった。

 陰影であり、

 狂乱であり、

 精神と勇気と熱狂的な憤怒であり、

 稲妻のごとき剣の颶風だった。


 もし胸甲騎兵たちが断崖のために最初の突撃力を弱められていなかったならば、彼らは敵の中央を突破して勝利を決定していただろう。

ナポレオンに不運にしてブューローに幸運なる案内者

 ブリューヘルが率いるイギリス側の援軍が到着した。


 ブリューヘルの副官ブューローの案内人となった少年が、

 もし森林から進出するのにプランスノアの下手からよりも、

 フリシュモンの上手からすることを勧めていたならば、

 ナポレオンはワーテルローの戦いに勝っていただろう。


 ブリューヘルはブューローに攻撃の命令を下すと、言った。

「イギリス軍に息をつかせなければいけない」

近衛兵

 ナポレオンの近衛兵たちは、まさに戦死の期の迫っているのを感ずるや、

「皇帝万歳!」

 を叫んだ。


 彼らは前進をつづけた。

 その軍勢のうちにおいては、一兵卒といえども将軍と同じく英雄だった。

 みずから滅亡の淵に身を投ずることを避けた者はひとりもいなかった。

 

レ・ミゼラブル その22 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

戦争の暗雲

 雨は終夜、降りとおした。

 地面はその土砂部にこね返されていた。


 ナポレオンは、馬に引かれた砲兵隊が自由に動き回れるまで待つことにした。


 戦闘は猛烈にはじまった。

 ナポレオンはラ・エー・サントに向かってキオー旅団を投げつけながら敵の中央を攻撃し、

 ネーはパプロットよてるイギリス軍の左翼に向かってフランス軍の右翼を突進させた。


 パプロットに対するフランス軍右翼の攻撃は真剣なものだった。

 2、3の事件を外にしては、その攻撃は成功した。

 パプロットは占領され、ラ・エー・サントは奪取された。


 ラ・エー・サントの占領後、戦いは混乱をきたした。

午後4時

 4時頃には、イギリス軍は危険な状態にあった。


 オレンジ大侯は中央を指揮し、

 ヒルは右翼を、

 ピクトンは左翼を指揮していた。

 豪胆熱狂なオレンジ大侯は、オランダ・ベルギーの連合兵に叫んだ。

「ナッソー!

 ブルンスウィック!

 断じて退くな!」


 ヒルは弱ってウェリントンの方へよりかかってきた。

 ピクトンは戦死した。


 ウェリントンにとっては、戦いは2つの支持点を持っていた。

 すなわちウーゴモンとラ・エー・サントと。

 ウーゴモンは焼かれており、ラ・エー・サントは奪われていた。


 後退運動が起こされ、イギリス戦線の正面は取り払われ、ウェリントンも退いた。


「退却をはじめた!」

 とナポレオンは叫んだ。

上機嫌のナポレオン

 1815年6月18日。

 ナポレオンは、その日ほど上機嫌なことはなかった。

 午前2時半。

 ウーゴモンの森の近くに、一縦隊の行進する足音を聞いた彼は、それをウェリントンが退却したのだと思った。

「あれは撤退するイギリス軍の後衛だ。

 オステンドに到着した6000のイギリス兵をわしは捕虜にしてみせよう」

 彼はウェリントンを嘲っていた。

「小癪なイギリス人にすこし思い知らしてやろう」

 午前3時半に、退却は勘違いだったと知ると、

「ますますよい。

 わしはあいつらを退けるよりも打ちやぶってやりたいのだ」


 ナポレオンは、冗談を好んで言った。

 彼の性格の根本は、快活な気分だった。

「皇帝はいつもわれわれにイタズラばかりなされた」

 と彼の兵のひとりは言った。

皇帝案内者ラコストに問う

 ワーテルローの朝、ナポレオンは満足だった。

 それも道理だった。

 彼が立てた作戦計画は、じっさい驚嘆すべきものだった。


 いちど戦端が開かれるや、種々の変転はナポレオンの眼前に起こった。

 ウーゴモンの抵抗。

 ラ・エー・サントの頑強。

 ボーデュアンの戦死。

 戦闘力を失ったフォア。

 ……etc、etc。


 不利な事件がつぎつぎと起こった。

 しかしナポレオンは泰然自若としていた。

 彼は戦闘に慣れていた。

 局部の悲痛なできごとを、いちいち計算にいれなかった。

 個々の数字は、その総計たる勝利を与えさえするならば、彼はそれに驚きはしなかった。

 すべては自分の手中にあり、終局は自分のものであると、彼は信じていたのである。


 ウェリントンが退却しだしたとき、ナポレオンはおどりあがった。

 彼は突然、モン・サン・ジャンの高地が引き払われ、イギリス軍の正面が姿を消したのを認めた。

 彼はモン・サン・ジャンの高地を奪取することを、ミローの胸甲騎兵に命じた。

 

レ・ミゼラブル その21 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

ニヴェルから来る道にあるもの

 1861年5月。

 ひとりの旅人が、ニヴェルからやってきてラ・ユルプの方へ向かっていた。


 彼は大きな弓形の石門の前に出た。

 門の左側の支柱の下のほうの石に、かなり大きい円い穴があった。


 扉が開いて、ひとりの女が出てきて言った。

「そんな穴をあけたのはフランスの大砲の弾丸ですよ。

 門の上のほうの釘のところにも穴がありましょう。

 あれはビスカイヤン銃の弾丸の穴です」

「ここは何というところです」

「ウーゴモンです」


 旅人は、ワーテルローの戦場にきていたのである。

ウーゴモン

 この旅人とは、この物語の著者である。


 ウーゴモンこそは不吉なる場所だった。

 それは障害のはじまりであり、ナポレオンがワーテルローで出会った最初の抵抗だった。

 ウーゴモンはひとつの城砦だったが、今はひとつの農家にすぎなくなっている。

 そこには無惨な戦場の跡が、いまも生々しく刻まれたままだった。


 火災、殺戮、惨殺、

 英独仏の兵士らの血は猛烈な混戦のうちに川となって流れ、

 井戸はしかばねをもって満たされ、

 3000の兵士らはウーゴモンのあばら家のうちだけで斬られ、

 突かれ、屠られ、撃たれ、焼かれてしまった。

1815年6月18日

 1815年6月の、17日から18日へかけた夜に雨が降っていなかったら、ヨーロッパの未来はいまと違っていただろう。


 ワーテルローの戦いは、ようやく11時半にしかはじまらなかった。

 土地が湿っていたからである。

 砲兵のために、土地が少し固まるのを待たねばならなかった。


 ナポレオンはもとより砲兵の将校であって、その特質をそなえていた。

 彼のあらゆる戦争の方略は砲弾のために立てられていた。


 もしも土地が乾いていたとしたら。

 戦いは朝の6時にははじまり、午後2時にはナポレオンの勝利で終わっていただろう。

 ワーテルローの戦いの明らかな観念を得ようと欲するなら、地上に横たえた「A」を想像すれば足りる。

 Aの左の足はニヴェルの道であり、

 右の足はジュナップの道であり、

 両方をつなぐ横棒はオーアンからブレーヌ・ラルーへの凹路である。


 Aの頂はモン・サン・ジャンであって、そこにウェリントンがいる。

 左下の端はウーゴモンで、そこにゼロームボナパルトとともにレイユがいる。

 右下の端はラ・ベル・アリアンスで、そこにナポレオンがいる。


 Aの横棒が右の足とコウサしている点の少し下がラ・エー・サントである。

 横棒の中央が、ちょうど勝敗の決した要点である。


 Aの上方に二本の足と横棒との間に含まれる三角形は、モン・サン・ジャンの高地である。

 その高地の争奪が戦いの全局だった。

 

レ・ミゼラブル その20 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

官憲再び権力を振るう

「君の用事はわかっている」

 マドレーヌことジャン・ヴァルジャンはジャヴェルに言った。

 ジャヴェルはヴァルジャンの首筋をつかんだ。

「市長様!」

 ファンティーヌが叫んだ。

 ジャヴェルは、歯をすっかりむきだした恐ろしい笑い方をした。

「もう市長さんなどという者はここにいないんだぞ!」


 ヴァルジャンは、小声でジャヴェルに何か言った。

「大声で、大声で言え!」

「3日の猶予を与えてください!

 このあわれな女の子供を連れに行く3日です!」


 ファンティーヌはぎくりとした。

「では子供はここにいないのかしら!

 マドレーヌ様、市長様!」


 ジャヴェルは足を踏み鳴らした。

「静かにしろ!

 もうマドレーヌさんも市長さんもいないんだぞ。

 泥棒がいるだけだ。

 そいつをいま俺が捕まえたんだ」


 ファンティーヌは飛び起きた。

 苦悶のうちに両腕をさしのべ、痙攣的に両手を開き、溺れる者のようにあたりをかき回し、それからにわかに枕の上に倒れた。

 口はぽかんと開いて、目は開いたまま光が消えていた。

 彼女は死んだのである。


 部屋の片隅に、古い鉄の寝台があった。

 ヴァルジャンは、その寝台から太い鉄棒を瞬く間にはずした。

 鉄棒をつかんで、ジャヴェルを見つめた。

 ジャヴェルは、扉のほうへさがった。


 ヴァルジャンはジャヴェルを牽制しながら、ファンティーヌの亡骸に近づき、身をかがめてなにかを囁いた。

 サンプリス修道女は、ファンティーヌの顔に、言葉に尽くしがたい微笑が上ってきたのを、はっきりと見た。

 ヴァルジャンはファンティーヌの姿をととのえ、目を閉ざしてやった。

 それからジャヴェルのほうへ向いた。

「さあ。

 どうにでもしてもらいましょう」

ふさわしき墳墓

 ジャヴェルはヴァルジャンを市の監獄に投じた。


 マドレーヌ市長の逮捕は、モントルイュ・スュール・メールの町に、非常な動揺を起こした 。

 わずか2時間足らずのうちに、市長がなしたすべての善行は忘れられてしまった。

 彼はもはや「1人の徒刑囚」に過ぎなくなった。


 その日の晩、マドレーヌ市長の屋敷。

 市長に仕える老婆の前に、マドレーヌ市長ことジャン・ヴァルジャンは現れた。

 牢を抜け出してきたのだった。

 彼はサンプリス修道女を連れてきてくれるように老婆に頼み、自室に入った。

 服を着替え、ミリエル司教にもらった銀の燭台を荷物にまとめた。


 サンプリス修道女がやって来た。

 ヴァルジャンは、財産の整理を頼む司祭宛ての手紙を彼女に託した。


 家の中が騒がしくなった。

 ジャヴェルが捜索に来たのだ。


 ヴァルジャンは部屋の隅に隠れた。

 部屋に踏み込んできたジャヴェルは、サンプリス修道女にヴァルジャンのことをたずねた。


 ジャヴェルは、あらゆる権威を尊敬していた。

 彼にとって宗教上の権威は、すべての権威の第一なるものだった。

 そしてサンプリス修道女は、模範的な修道女だった。

 彼女が生涯に一度も嘘をついたことがないことは有名で、もちろんジャヴェルも承知していた。


「この部屋にはあなた1人ですか」

 ジャヴェルの質問に、サンプリス修道女は「はい」と答えた。

「ヴァルジャンを見かけませんでしたか」

「いいえ」

 サンプリス修道女はためらうことなく二度、嘘を言った。


 ジャヴェルは、深くおじぎをして出て行った。


 ヴァルジャンはモントルイュ・スュール・メールから去った。


 ファンティーヌの亡骸は、ヴァルジャンにあとを託された司祭によって共同墓地に埋葬された。

 

レ・ミゼラブル その19 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

マドレーヌ氏の頭髪を映せし鏡

 夜が明けようとしていた。

 ファンティーヌは熱の高い一夜を過ごし、明け方眠りについた。

 夜通し彼女についていたサンプリス修道女は、新しい薬をこしらえに薬局に行った。

 マドレーヌが、サンプリス修道女の前にあらわれた。

 彼の髪は真っ白になっていた。


 マドレーヌはコゼットを引き取りに行った、とファンティーヌは思い込んでいるとサンプリスは説明した。

 そうでないと知れば、ファンティーヌは落ちこむだろう。

 ファンティーヌに会うのは、コゼットを連れ戻してからにしたほうがいいのではないか。


「いや、私は会わなけりゃならない。

 たぶん、私は急ぐんだから」


 マドレーヌは眠っているファンティーヌのそばに行った。

 ファンティーヌが目を開いた。

楽しきファンティーヌ

 ファンティーヌは、コゼットはどこにいるのか、とたずねた。

 マドレーヌが答えられずにいると、報せをうけた医者がやってきて、

「子供はあちらに来ています」

 と嘘をついた。

 ファンティーヌの目は輝いた。

 医者は、まだいけません、と言った。

「子供を見たら、興奮して身体にさわるでしょう。

 すっかり治らなければいけません」

 ファンティーヌは、会いたい、と興奮した。

 医者は、それごらんなさい、と彼女の望みを受け入れなかった。

 ファンティーヌは、静かにしている、と約束した。


 ファンティーヌはマドレーヌに、コゼットのことをいろいろと質問した。

 ひとこと言いうごとに、彼女は激しい咳をした。

 ファンティーヌは叫んだ。

「娘の声がする!」

 ちょうど中庭に一人の子供が遊んでいた。

 その笑い声を、ファンティーヌはコゼットの声だと思いこんだ。

 ファンティーヌは、これからのコゼットとの生活を想像し、笑い出した。


 突然、ファンティーヌが口をつぐんだ。

 顔が真っ青になり、恐ろしいものを見つめているようだった。


 マドレーヌも振り返って見た。

 ジャヴェル警視が立っていた。

満足なるジャヴェル

 マドレーヌことヴァルジャンが法廷を去った後。

 残された検事や裁判長によって、マドレーヌの逮捕令状が発送された。

 警視ジャヴェルに、そのことは一任された。


 ジャヴェルは1人の伍長と4人の兵士を伴い、彼らを中庭に残して、ファンティーヌの病室にやって来た。


 マドレーヌと視線を合わせたジャヴェルは、恐るべき姿になった。

 地獄に堕ちた者を見る悪魔の顔だった。

 ついにジャン・ヴァルジャンを捕え得た、という確信に、彼は天にも昇る気持ちだった。

レ・ミゼラブル その18 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

否認の様式

 シャンマティユーが最後の申し開きをした。

「私はパリーで車大工をしていた。

 バルー親方の家でだ。

 非常につらい仕事だったが、日に30スーしかもらえなかった。

 バルーさんなら私を知っている。

 バルーさんに聞いてみなさい」


 裁判長は言った。

「車大工の親方バルーという者を召喚したが出頭しなかった。

 破産して行方がわからないのだ。

 次の二つの点を明瞭に説明せよ。

 ピエロンの果樹園の壁を乗り越え、枝を折りリンゴを盗んだか、否か。

 そのほうはジャン・ヴァルジャンであるか、否か」


 シャンマティユーはどちらも否定した。


 検事は、4人の証人のふたたびの召喚を求めた。

 ジャヴェル警視は公用のため、すでに町を去っていた。

 残りの3人が証言した。

 3人とも囚人で、ヴァルジャンとは牢のなかで顔見知りになっていた。

 3人ともが、シャンマティユーをヴァルジャンだと証言した。


 そのとき、裁判長のすぐそばで、3人の証人たちへ叫ぶ声があった。

「こちらを見よ!」

シャンマティユーますます驚く

 叫んだのはマドレーヌ市長だった。

 彼は言った。

「私がジャン・ヴァルジャンである」


 彼は言った。

「私が問題の罪人です。

 私は違った名前のもとに身を隠した。

 富を得た。

 市長になった。

 私を捕縛していただきたい」


 そして3人の囚人のほうを向いて、一緒に牢で過ごしていなければわからない彼らの特徴について言い当てた。


 マドレーヌ市長ことジャン・ヴァルジャンは微笑した。

 それは勝利の微笑であり、絶望の微笑でもあった。

「よくおわかりでしょう。

 私はジャン・ヴァルジャンです」


 誰もヴァルジャンに質問しようとせず、また彼を捕えようともしなかった。

 判事も検事も憲兵も、自分の職分を忘れていた。


「私はこれ以上、法廷を乱すことを欲しません」

 ヴァルジャンは言った。

「諸君は私を捕縛されぬゆえ、私は引き取ります。

 私はいろいろなすべき用を持っています。

 検事殿は私がどういう者で、どこへ行くかを知っていられる。 

 いつでも私を捕えられるでしょう」

 彼は法廷を出て行った。


 シャンマティユーは釈放された。 

レ・ミゼラブル その17 (ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳)

到着せる旅客ただちに出発の準備をなす

 ヴァルジャンの馬車は夜の8時近くにアラスに着いた。

 馬は疲れ果てていて、明日また帰路を走らせるというわけにはいかなかった。

 ヴァルジャンは郵便取扱所を訪れ、モントルイュ・スュール・メール行きの便に乗せてもら えるように交渉した。

 午前1時発の馬車に乗せてもらえることになった。


 ヴァルジャンは裁判所はどこか、町の老人にたずねた。

 法廷は6時には閉じると言われたが、審議が長引いたらしく、裁判所の窓はまだ明るかった 。


 広間にいた弁護士に、ヴァルジャンは審問はどうなったか訊いた。

「もう済みました。

 終身刑です」

「それでは同一人だということが検証せられたわけですね」

「同一人ですって?」

 弁護士が言ったのは、子供を殺した女の裁判のことだった。

 シャンマティユーの裁判は、まさにいま開かれているところだった。


 ヴァルジャンは法廷室に入ろうとしたが、守衛に、満員だ、と断られた。

「もう一つの席もないのですか」

「裁判長の後ろに二、三の席がありますが、そこは官吏の人にしか許されていません」


 ヴァルジャンは逡巡した。

 そして手帳を取り出すと、紙を破り、

「モントルイュ・スュール・メール市長、マドレーヌ」

 としたため、守衛に渡した。

「これを裁判長の所へ持って行ってもらいたい」

好意の入場許可

 マドレーヌ市長の名声は、広く鳴り響いていた。

 メモを見た裁判長は、入室を許可した。


 ヴァルジャンは、評議室に案内された。

 法廷の裁判長のうしろに通じている扉が、目の前にあった。

 ヴァルジャンの目は、扉の銅の取っ手にぶつかった。

 彼の視線はしだいに恐怖の色を帯びてきた。


 彼は急にふりかえって、反対側にある扉を開けて、廊下に出た。

 廊下のいくつかの角を曲がって、身を震わしながら立ちすくんだ。


 15分が過ぎた。

 ヴァルジャンは、逃げるところを引き戻されるように評議室に戻った。

 痙攣的に取っ手をつかみ、法廷への扉を開いた。

罪状決定中の場面

 法廷内にいる人々の注意は、ただ一人の男に集中されていた。

 ヴァルジャンは、年をとった自分を見るような思いで、その男を見た。

 裁判を受けている男。

 シャンマティユー。

 しかし人々は彼を「ジャン・ヴァルジャン」と呼んでいた。


 弁護人が弁論した。


 リンゴの窃盗は具体的には少しも証明されていない。

 シャンマティユーはただリンゴの枝を持っていただけで、落ちていたのを拾っただけだと言 っている。

 彼は自分をジャン・ヴァルジャンではないと言っている。

 自白しなければ救われると思ったのだろう。

 その態度は明らかに愚かだが、徒刑場での長い間の不幸が、彼を愚鈍にしたのである。

 もしジャン・ヴァルジャンと同一人だと認定されたとしても、重罪には処さないでほしい。

 
 検事が反駁した。


 被告は現行犯をおさえられた。

 しかしその犯行のすべてを否認し、ジャン・ヴァルジャンであることも否認している。

 だが幾多の証拠がある。

 さらに4人の証人が一致して、彼がジャン・ヴァルジャンであると証言している。


 検事は、無期徒刑を請求して弁論を終えた。